ばあちゃんが病院を移ったというので、また実家に帰ってきた。
まだ体はおぼつかないけれど、だいぶ元気になったみたいで少し安心。
実は、ばあちゃんは少し前から認知症になっていたということも最近知り数年前にばあちゃんが入院した時のことを思い出した。
親しかった親類の人が亡くなってしまったショックで寝込んで体調を崩して、手術したあとの麻酔の影響とショックとで軽い記憶喪失になってしまったことがあった。言葉はしゃべれて触ると体のここが痛いっていうことはいえるけど、わたしのこともわからないし昔のこともどうだったか思い出せないような状況になってしまって「先週の◯◯さんからの返事どうだった?」なんて聞いても「ばかなっちゃったね、わからないのよ。」って悲しげに返事するだけで会話が成立しなくなっちゃったのには衝撃を受けた。
その時初めて、言葉を返すのもぜんぶ記憶の連想でキャッチボールしてるだけなんだってことを目の当たりにして、考えりゃ当たり前なんだけど、どんなにリアリストであれ結局、人は記憶っていう曖昧なものの中でしか生きられんのだなぁとか妙に納得してしまった。同じ体験をして記憶のすりあわせをしないと人間どうなってしまうのだろか?わたしだったらどんどん自分の都合のいい過去しかなくなりそう。
なんで考えたけど、ばぁちゃんが早く元気になりますように!これが一番大事。