ばあちゃんが病院を移ったというので、また実家に帰ってきた。
まだ体はおぼつかないけれど、だいぶ元気になったみたいで少し安心。
実は、ばあちゃんは少し前から認知症になっていたということも最近知り数年前にばあちゃんが入院した時のことを思い出した。
親しかった親類の人が亡くなってしまったショックで寝込んで体調を崩して、手術したあとの麻酔の影響とショックとで軽い記憶喪失になってしまったことがあった。言葉はしゃべれて触ると体のここが痛いっていうことはいえるけど、わたしのこともわからないし昔のこともどうだったか思い出せないような状況になってしまって「先週の◯◯さんからの返事どうだった?」なんて聞いても「ばかなっちゃったね、わからないのよ。」って悲しげに返事するだけで会話が成立しなくなっちゃったのには衝撃を受けた。
その時初めて、言葉を返すのもぜんぶ記憶の連想でキャッチボールしてるだけなんだってことを目の当たりにして、考えりゃ当たり前なんだけど、どんなにリアリストであれ結局、人は記憶っていう曖昧なものの中でしか生きられんのだなぁとか妙に納得してしまった。同じ体験をして記憶のすりあわせをしないと人間どうなってしまうのだろか?わたしだったらどんどん自分の都合のいい過去しかなくなりそう。
なんで考えたけど、ばぁちゃんが早く元気になりますように!これが一番大事。
2011/06/29
2011/06/09
ばあちゃんの話
ばぁちゃんが入院した。
手術をすると聞いたのは手術前日で、なんだかんだで会いに行けたのは手術が終って2、3日経ってからだった。勝気で努力家なばあちゃんのことだったからピンピンコロリだなんて思っていただけあって、急な手術の話を電話ごしに聞いたときは心臓が縮こまった。
病院に行くとばあちゃんはベットで寝ていて、手術の麻酔のせいで意識が朦朧としているばあちゃんの姿がわたしの目の前にくっきりと横たわってきた。
私は幸運なことに、人生の中で入院生活を送ったことはないのでお見舞いで病院に通うくらいだけれど、いつも病院に行くと外の世界がどれだけ暴力的に身体を無視しながら生きているのかを思い知って病院をあとにするのだけれど、病院を出たあとだとその眩しすぎる生命力に憎悪すら感じる。まぁそうでないと「普通に」は生活できないし、わたしも病院を去って1週間もするとそんなことも忘れて普通の生活に戻るのだけど。
病院から帰る車で父は「もってあと一年だ」と自分に言い聞かせるようにぶっきらぼうにいったので、言われた最初なんでそんなこと言えちゃうんだよ!って思ったけど、そういって他人に言い聞かせてないと父自身がやってられないのだろうと察して無言の返信をしといた。
それにしても看護師さんの小さい子に話しかけるような妙に馴れ馴れしい喋り方には虫酸が走る。
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